2006年02月23日

[きのうの思考回路]

きのう、近年まれにみる「眠れない」状態になり、ベッドの中でこんな事を考えていました。

この間の土曜日の昼に「メレンゲの気持ち」という番組を観ていたら、松本伊代が自分の息子を叱る時に、「電気室に入れちゃうよ!」といって、ブレーカーのある小さな部屋に連れて行こうとする、というしつけを行っていると聞きました。

実際に閉じこめたことはなく、連れて行く時点で兄弟がかばい合って、円満解決になるのだそうです。

ただ今は、「押し入れ」がないから、そういうしつけがしづらいなどと言ってました。

たしかに、今僕が住んでいるマンションにも、「押し入れ」はありません。
「ウォークインクローゼット」というものがありますが、内側から簡単に扉が開けられるので、懲罰の意味を成しません。

そうすると、もし僕に子供がいて、彼(彼女)が悪さをしたら、どんな懲罰(今回は「隔離」をテーマとして)が行えるのかと考えると、「風呂場」か「ベランダ」という結論になります。

しかし「風呂場」もやはり内側から出られるため、常に「脱衣所」で扉を閉め続けなければなりません。

そうすると、彼(彼女)を「隔離する」という効果が薄れます。
また、「親が気を抜いた瞬間に、ドアを開けてやる」という狡猾な考えも生まれてしまいます。

そうすると、鍵を掛けられれば容易に「懲罰」として隔離、放置が出来る場所はやはり「ベランダ」ということになります。

夏は暑く、冬は寒いので、効果も倍増です。


しかし、一つ問題があります。
「高さ」です。

僕の住む部屋は、地上から20m以上はある高所にあるのです。
誤ってそこから落ちれば、間違いなく助からないでしょう。

もちろん、フェンスは高く、小さな子供が容易に外に飛び出るとは考えられませんが、物干し竿や、エアコンの室外機などがあるので、万が一ということも考えられます。

しかも、小さな子供には「自分が今、落ちたら死んでしまうような、とても高いところに住んでいる」という認識も薄いと思われます。

ということは、飛び降りを抑止するためには、「死の認識」と「高さの認識」を事前にしておかなくてはなりません。

「死の認識」は、これは自分が死にかけるしかないので、教育できません。

「高さの認識」は、「ここが高い場所である」ということを見せればいいのですから、普段から子供を抱き上げてベランダの外を見せ、高いぞ、こわいぞ、と脅しておけばいいわけです。


しかし、ここでふたたび問題です。

僕は異常なほど「高所恐怖症」だということです。
子供を抱こうが抱くまいが、ベランダから下を覗くなどということは極力したくありません。

僕のほうが「高いところに住んでいる恐怖」を再認識してしまいます。

と、ここで原点に返ります。
そもそも、子供に「いま自分が住んでいる場所は、こわいところである」という認識をさせる必要性はないのではないか、ということです。

むしろ、高い場所に恐怖心がない方が、大人になって色々と有利です。

…何という愚かなことを考えていたのだ、と反省すると同時に、「子供をベランダから外にだす」などという行為は、たとえ自分が高所恐怖症でなくとも、絶対にやるべき事ではないな、と、確信しました。

「子供をベランダから外に出す」…。



あ!

マイケルジャクソン!!


やっぱりマイケルジャクソンはとんでもないな、と思いながら、おそらく眠りについたと思います。


posted by molten at 11:47| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。