2005年09月27日

[0819 シェムリアップ(8)]

第31回。
アンコールトムから、タプロム寺院へ。

では、どうぞ。

南大門から中心のバイヨンを抜け、さらに北上すると「ゾウのテラス」がある。
アンコールトムを作ったシャヤバルマン7世という王は、ここで戦勝報告をする兵士達と謁見したという。

アンコールトムの東側には門が二つあり、戦争に勝利したときには「勝利の門」を通りゾウのテラスへ、負けたときには戦死者をつれて「死者の門」を通り、供養したのだそうだ。

テラス、と名の付くとおり、草原に広がる巨大な高台で、壁には彫刻、階段の横にはゾウの彫刻が並ぶ。

ゾウのテラスと隣りあうかたちで、「ライ王のテラス」というのもある。
これはヘビの返り血を浴びて、癩(らい)病(=ハンセン病)にかかってしまったライ王を祭るものだそうだ。
ライ王というのが誰なのかは定かではないらしい。

高台には、病気によって手足の指を失い、片膝をつくライ王の像が建てられていた。

恥ずかしい話、ノー勉の僕はずーっと「ライオンのテラス」だと思っており、ゾウは見つかるのにライオンは見つからないなあ、とずっと探していた。
思えば、カンボジアにライオンはいないはずである。

再び車に乗り込み、南北を縦断する形で北の門へと向かい、アンコールトムを出る。

次に向かったのはタプロムという寺院遺跡だ。
タプロムは、寺院が有名というよりも、石の寺院を覆うように侵蝕する大木が有名な遺跡である。

ガジュマルの一種であるというその木々は、何百年という時間をかけて、現在もこの遺跡を破壊し、成長し続けているという。

もともと、アンコール遺跡はクメール王朝が滅亡する14世紀から、植民によってやってきた西欧人に発見される19世紀まで、全く手つかずの自然にさらされていた。

発見された遺跡群は人の手によってつぎつぎと整備されたが、自然による侵蝕の烈しかったタプロムは、逆にそのままの形で残されたのだそうだ。

とはいえ、これ以上崩されるのを防ぐため、外壁の方は補強が施され、コンクリートなどが流してあるところもある。
ガジュマルの方にも、ナイフでえぐったような切り傷や、おきまりの落書きが書かれているものがあった。

意図的に残された自然を、一方で保護し、もう一方で傷つける。
人間というのはつくづく勝手な生き物だと思う。
(続く)


それを観光に来ている僕も勝手な生き物なんですけどね。


posted by molten at 16:15| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Jet-Ragメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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